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眞理子のmail









わたしからの往信



眞理子を抱いてたらね、何のロジックも必要がなくなって、こざかしい哲学や政治
とか世界についてだとか、
どうでもよくなるんだよ。







眞理子からの返信



うん!わたしも〜。ロジックもネットも理屈も左脳も右脳も政治も経済も衣食住も世間も社会も彼岸も言語も哲学も文学も芸術も過去も病気も体重も明日も未来も小泉も天皇も連合赤軍も一水会も巨大掲示板も右翼も左翼も真ん中も仕事も金も生も死も常識も非常識も逸脱も諧謔も神も自己も他者も
どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーでもよくなります・笑。
きっと、理屈っぽい人は、エッチが足りんのでしょう・笑。
そして戦争の耐えぬ国にもきっと幸せエッチが足りんのでしょうねぇ。
理屈っぽいその辺のおネエさんには、「エッチ足りんのちゃう?」と、言い返せば万事うま
く収まること間違いなしでしょう!笑(絶対ウソ〜)











わたしは、こういう、25歳の、フランソワーズ・アルディが好きなパーラメントを吸う女の子と、恋をしてて、今、夢中だ。


僕は鬱病で、彼女はパニック障害で、それでいいのだ。

彼女が運転をして、僕が助手席に乗っている、それでもいいんだ。



自らを追い詰めてゆく人々のことなんて、どうだっていい。



くたばれ、キャリア至上主義、


啓蒙するどこかのバカのことなんて忘れた。





僕がポートレイトを描くから。


眞理子、きみは、ピアノの下で、クッション置いて、眠ってて・・・・。











BGM : 「私自身」   From いしだあゆみとティンパンアレイ 












23:29 | monologue | comments(1) | trackbacks(0)


ブログに「書かれざる言葉」




ネットに向かって言葉を吐くことがうざいとこの頃は感じる。




ソーシャルネットワーキングのGREEやmixiもやってみたが、どうもだめだ。




ネットに向かい合っていると、浮かび上がってくるのは、
イケてない自分か、整形された理想化された自分でしかない。


人は各々の属性かキャラでネットの他者にタイマンを張ろうとする。
でも、ネットで自分を表現することは、ネットで自分を創作することだ。





こんなことは、随分昔に分かっていたことだったんだけどね。。。





ブログを書くことだっておなじこと。





ブログを書くってことは、一方にはブログを書かない人がいるけれど、 ブログを書く人が書かない人に向かって言えることなんて、

「ブログでもやってみない?」っていうことだけなんだもんね。




なのに「ブログジャーナリズム」なんて言葉が一人歩きする。




うちの住んでる所なんて、もっと山奥に行けば、ADSLなんて届かないんだからね。

ブログでジャーナリズム、って言ったって、ネットのインフラすら整備されていやしない。

ブログで民意を、対抗言質を唱えているかのように勘違いしてる連中は、まずもって、「ブログなんか知らない」人のことすら眼中にない。



ブログを持つってことは、

「ブログを持ってない人」よりも書かれる内容に意識的だけど、

その内容が「ブログを持ってない人」の言葉を代表するものなんかでないってことは自明のことなんだけどね。







最近、政治関係のブログをネットの中で読み歩いているうちに、思った、瑣末なことなんだけどね。








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08:05 | monologue | comments(0) | trackbacks(1)